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高知簡易裁判所 昭和34年(ハ)496号 判決

原告 北村弁三 外一名

被告 北村猪市

主文

本件中流水使用権不存在の確認を求める訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「(一)原告所有の南国市領石字鳥首四十三番田一反二十五歩(以下四十三番地という)の北西隅より南に向つて部落道東側の石垣線に沿い七、一米にわたつて設けてあるコンクリート畔と、右石垣線との間に湛える流水(以下本件水源という)につき、被告にこれが使用の権利のないことを確認する。(二)被告は原告が右水源の水を使用することを妨げてはならない。(三)被告は、右水源より同所字同四十四番田六畝七歩(以下四十四番地という)に達する区間において、部落道東側の線に沿う四十三番地内に溝を堀つたり溝を堀るため同地内に立入つてはならない。(四)訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決並びに右(二)及び(三)項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として

前掲(一)につき

一、四十三番地は原告の所有であり、これに南接する四十四番地は被告の父弥之助の所有で被告がこれを耕作している。

二、本件水源は四十三番地内に在り、原告はその西側の部落道の下部より引水して水源となし、昭和十三年以来平穏公然に右土地のかんがい用水として専用し、これが使用権を有するものである。

三、被告耕作の四十四番地は昔は水田として耕作され、その北方の同字四十六番の一及び四十七番の一の両地の境界を流れる水路によりかんがいしていたが、約五十年以前より畑地として耕作されたため、右の水路は使用されず今日に至つている。

四、ところが被告は四十四番地の一部に水稲を耕作せんとし、昭和三十四年春不法にも原告所有の四十三番地の西端部落道と接する部分に、同地の一部及び部落道敷地の一部を含めて、幅員上部三〇糎底部一八糎の溝を設け、この溝を通じて本件水源より引水し四十四番地の一部をかんがいしはじめた。

五、けれども被告には元来本件水源の水を使用するについて何等権利がないのであるから、原告は本訴において被告に右水利権のないことの確認を求める。

前掲(二)及び(三)について

叙上の通りであるから、将来において被告は、原告が本件水源の水を使用することを妨げる虞れがあるので、これが妨害の予防を求め、併せてなお被告が四十三番地の一部を溝に堀つている部分を原告において原状に復しても、やがてまた被告は該地域に溝を堀つて四十四番地のかんがい用に流水させる虞れがあるので、原告は四十三番地の所有権に基き、これが妨害の予防として溝の堀さくの禁止並びにそのために同地内への立入りの禁止を求める。

と述べ、立証として、甲第一、二号証、第三号証乃至第五号証の各一乃至三、第六号証の一及び二、第七号証の一乃至三、第八号証乃至第一九号証、第二〇号証の一及び二を提出し、証人北村文一、北村春市、山崎千鶴(第一、二回)、坂本繁次、美崎広喜、坂本岩亀(第一回)、山下友喜、斎藤定市及び竹政義重の各証言、検証(第一、二回)並びに原告本人(第一、二回)尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め

一、四十三番地が原告の所有で本件水源の水によりこれをかんがいして原告が耕作している事実、これに南接する四十四番地が被告の父弥之助の所有で被告がこれを耕作している事実、昭和三十四年春被告が四十三番地の西側原告主張の位置にその南詰より本件水源に達する溝を設けて右水源より引水し、四十四番地をかんがいしている事実、はいずれもこれを認める。その余の原告主張事実中、次の主張に反する事実並びにその余の事実はこれを否認する。

二、四十四番地は元来水田であり、約四十年以前より一時これを桑畑又は芋畑に転用して耕作していたのを、今回再び元の水田にかえしたものであつて、当初水田であつた頃の用水は、現に被告が設けた溝の位置にあつたところ、その後原告がこれを潰したので、被告が原状(或はそれに近いもの)に渫えて以て引水しているのである。本件水源の水は原告の専用に属するものではなく、原告所有の四十三番地は上流に、被告耕作の四十四番地は下流に位置する関係上、四十四番地は四十三番地をかんがいした余水を以てかんがいしているものであり、四十四番地への取水は四十三番地へのかんがいに影響しない。

と述べ、立証として、乙第一号証乃至第三号証を提出し、証人井上元治、坂本儀之助、北村重治、井上常、野村為次、坂本岩亀(第二回)、石田良子、西川定利及び高村とよいの各証言、検証(第一回)並びに被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証、第一〇号証乃至第一六号証、第一八号証の各成立を認め、その余の甲号各証は不知と述べた。

理由

(一)  流水使用権不存在の確認を求める訴の適否

本件中先ず右訴の適否を検討するのに、いつたい本件のような田畑のかんがいのためにするいわゆる農業水利権は、当該田畑の所有権に従属する権利であつて、所有者にあらざる単なる耕作者の如きは水利権の主体たり得ないものと解すべきである。農耕作業の実際においては、当該田畑の所有権の有無に関係なく現実の耕作者が直接農業用水を利用していることもとよりいうを俟たないところであるが、この中所有者にあらざる耕作者のそれは、その耕作をなし得る基礎たる権利すなわち賃借権或は永小作権等の如き権利の効果として所有者に属する水利権を利用しているに過ぎないのであつて、自ら水利権者としての地位において利水しているのではないものとみるのを相当とする。

そこで四十三番地が原告の所有であつて本件水源によりかんがい耕作している事実、同地に南接する四十四番地が被告の父弥之助の所有であつて被告が昭和三十四年春より右水源より引水かんがいして耕作している事実、はいずれも当事者間に争いがないが、右水源の敷地が原告所有の四十三番地内に存在するということについては、この点に関する証人坂本繁次、美崎広喜、坂本岩亀(第一回)、斉藤定市及び原告本人(第一回)の各供述は、証人北村重治、井上元治、井上常及び被告本人の各供述、検証の結果並びに弁論の全趣旨に照らしてたやすく措信できないし、その他に右事実を認めるに足る証拠はない。次に証人北村文一、井上元治、坂本儀之肋、坂本繁次及び原告本人の各供述を綜合すると、四十三番地に対するかんがいのはじめは遠く数十年の昔に遡り、その間ときに畑に転用し或は水源を若干移動させた事実はあるが、殊に昭和十三年以降においては原告は専ら本件水源によりかんがいして今日に至つた事実を認められ、右認定を左右する証拠はない。

してみると四十三番地に対する本件水源による原告のかんがい用水については、慣行による水利権の成立を認むベきところ、こうした地位に在る原告よりの被告に対する本件水利権不存在の確認を求める訴は--水源の敷地の所有権が原告に在ると否とにかかわりなく--元来水利権の主体たり得ないところの所有者にあらざる単なる耕作者に過ぎない被告に向けられたものであつて、かかる地位に在る当事者に対してはそもそも確認の利益を欠き、畢竟不適法な訴というの他はなく、しかもその欠缺は補正することのできないものであるから、右訴は到底許さるべきでない。

(二)  水利妨害予防請求の当否

四十三番地のため本件水源につき原告に水利権の存在を認むべきことは前示の通りであるところ、被告においてこれを妨害する虞れがあるということについては、これを認め得る証拠がないから、右妨害の予防を求める原告の請求は理由がない。

(三)  所有権侵害予防請求の当否

被告が昭和三十四年春より本件水源より引水して四十四番地をかんがいしている事実は前示の如く当事者間に争いがなく、その引水溝の位置がその敷地の所有権の点を除いて原告主張の通りである事実もまた当事者間に争いがない。ところで右引水溝の敷地の一部が原告所有の四十三番に属するということについては、この点に関する原告本人(第一、二回)の供述は、証人北村重治、井上元治、井上常及び西川定利の各証言並びに検証の結果に照らし措信できないし、その他に右事実を認めるに足る証拠はないから、四十三番地の所有権に基く原告の妨害予防としての溝の堀さく並びに立入禁止の請求は理由がない。

よつて本件中前掲(一)の訴は不適法としてこれを却下し、(二)及び(三)の請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 市原佐竹)

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